狸、狐、猫や狼などの動物を表す漢字は「獣偏(けものへん)」という部首を持っています。犬にも「狗」という漢字が存在して、同じく獣偏を部首に持っています。
しかし馬や牛などは漢字に獣偏を持たず、熊なども同じく漢字に獣偏が見当たりません。これらの違いは何なのでしょうか?
ナレーション:小日向南さん
獣偏が付く哺乳類
獣偏が付く狐や猫などの動物を、日本に住むものを中心にまとめてみました。
- 狸【タヌキ】
- 狐【キツネ】
- 猫【ネコ】
- 狼【オオカミ】
- 犬(狗)【イヌ】
- 猪【イノシシ】
- 猿【サル】
- 狢【ムジナ】(あなぐまの事。むじなと狸は異なる動物)
- 獅子【しし。ライオン】
- (獣偏に「生」と書いてセイと読み、イタチを表す字もあるという)
この他には「狼狽(ろうばい)」という言葉に使われる「狽」と言う文字は元々は狼の一種を指すとか、すごく見慣れない字でカワウソを「獺」と書くとか、犬の一種の「チン」を「狆」と記すなど、そういった例が少し見受けられるだけのようです。
他の獣偏が付く漢字としては
「狩る」「猟(りょう)」「狙う(ねらう)」「獲(カク、とる)」
「狭(キョウ、せまい)」「狡い(ずるい)【狡猾(こうかつ)】」
「狂」「犯」「独」「獄」「獰猛(どうもう)」など、
「ケモノ」から何となく連想できそうな言葉が中心です。
ただしそれらはいずれも動物を直接指すわけではなく、むしろ人間の形容や行為にも多く使われています。
ところで「豹(ヒョウ)」に関しては、実は部首は獣偏ではなく「むじな偏」です。
猫・狢(むじな)・狸・猪に関しては、そのむじな偏を使ったバージョンの字も昔は存在し、しかも猫・狸・猪では本字であったと言われています。もし獣偏とむじな偏を区別するなら、獣偏を部首とする動物の漢字はさらに意外と少ない事になります。
獣偏が付かない哺乳類
逆にウシやウマなどの獣偏が付かない漢字で書かれる動物についても、
日本にいるものを中心に整理してみました。
- 馬
- 驢馬【ロバ】
- 駱駝【ラクダ】
- 牛
- 羊
- 豚
- 鹿
- (カモシカは羚羊などと書く)
- 鼬(イタチを表す字で獣偏がつかない版の字)
- 鼠
- 栗鼠【リス】
- 熊
- 虎
日本にいない動物で「きりん」などはそんなに深い意味も無く想像上の動物の「麒麟」を当てたと言われているので、そういうものはここでは除いて考えました。
また、ラッコなども元々アイヌの言葉で漢字は当てたもの(海獺・猟虎)と思われますから別扱いとしましょう。また鯨やイルカ(海豚)、こうもり(蝙蝠)に関しては昔は哺乳類とは考えられていなかったという事で同じく別扱いにします。
しかしそれでも尚、「獣偏が付かない哺乳類」は「獣偏が付く動物」と同数程度はいると言えそうです。
一見すると肉食か草食かの区別にも思えますが、熊や虎などの肉食/雑食性の大型で強い動物にも獣偏がありません。その理由は何かあるのでしょうか。
尚、漢字の部首としては牛、馬、羊、鹿に関してはそれぞれの独自の部首である「牛偏」「馬偏」「羊偏」「鹿」が存在します。
- 牛偏の漢字の例:「牧」「物」「犠牲」「牢」「特」「牡(おす)・牝(めす)」
- 馬偏の漢字の例:「駅」「駐」「騎」「驚」「駒(こま)」「驕(おごる)」「駄」「馴(くん、なれる)」
- 羊偏の漢字の例:「群」「着」「義」「美」
- 鹿(部首)の例:「麗(れい。うるわしい)」「麓(ろく、ふもと)」
獣偏の意味
言葉や語源というものは簡単に特定・断定できるものではありませんが、ある程度の根拠をもって推理できる事はあります。
問題となっている「獣偏」ですが、実はこれは「獣」という字に「犬」の字が含まれているように、部首としての獣偏の基本となる意味は「犬」だと言われているのです。犬という字が変形したと見られています。
(出典:旺文社『漢和辞典』より。以下、漢字の成り立ちの出典は同じ。)
ですので、部首としては獣偏と「犬偏」は同一視される事もあるそうです。犬偏の漢字としては数は多くないですが大元の「犬」も含めて「獣」「献(ささげる)」「状(犬の「すがた」の意から形や様子を表す意味に転じたらしい)」
また「ケモノ」という言葉は元々「毛物」とされ、獣という字は「毛に覆われた4足の動物」という意味合いが含まれると言われます。
それら2つの観点から推理すると、獣偏が付く動物というのはおおよそ次の特徴を持っている事が伺えます。
- 見た目や性質が犬に似ている
- 毛むくじゃら/毛がふさふさである事
そう捉えると、狐や狼が「犬に似た動物」として獣偏が付いて猫や猪も広い意味で後に同じ部類に含めるように考えて、
牛や馬、羊やネズミはどっちかというとそれらと区別を付けているとすればある程度の納得が行くようにも思えます。
肉食・草食の区分でもおおまかには合っているけれども、どちらかというと見た目や性質での区分だったのかもしれません。(猫の部首を元々はむじな偏として分けていた事なども含めて。)
そう考えると、熊や虎に関しては体の大きさや性質等から「犬系の獣」とは異なる(むじなとも異なる)という見方も見えてきそうです。
ちなみに虎は日本にはいませんが大陸には中国東北部やインド~東南アジアなどに野生の虎は存在するので、東アジアの領域で見るとキリンやゴリラのように非常に遠く離れた地にしかいない動物というわけではありません。他方でライオン(=獅子)は多くがアフリカに住んでおり、ごく一部がインドの西部にいる動物です。
熊と虎の場合の漢字の成り立ち
獣偏は確かにつかないが、牛や馬とは明らかに性質が異なると思われる
熊と虎に対する字の成り立ちを見ます。
「熊」の部首:「れっか」
まず熊(クマ)から見てみると、一見すると下の部分が「魚」と同じであって「シャケを獲るのが上手だから???」などとも思ってしまうかもしれませんが、実は「熊」という字の部首は「魚偏」ではなく「れっか」(または「れんが」)で、これは「火偏」が漢字の「脚」になる時の形だという説が有力視されています。
字の成り立ちとしては元々が「火の光が燃え盛る様子」を表し、転じて動物の熊を表すようになったというのです。それが伺える言葉としては「熊虎(ユウコ)」や「熊羆(ユウヒ)」という語は「勇猛な人」の例えとして使われてきたと言います。
(熊羆の「羆」は北海道のヒグマに充てられている字。)
熊と同じ成り立ちの「れっか」を部首として持つ漢字としては、例えば
「熱」「燃」「烈」「熟」「煮」「点」などがあります。
確かに言われてみると火やそのイメージに関連するものが多いと言えます。
熊も一般的に非常に強い動物なので「普通の獣」とは区別する意味で昔の人から見て勇猛と強力のイメージで特別扱いだったのかもしれません。
(狼ももちろん強いが、群れで襲いかかる。熊は母子を除くと多くが単独行動。)
(「れっか」の部首について、「然」の字も元々は「燃える」の意味。転じて是認・容認を表すようになったと言われます。それに対して「無」の字は部首はれっかですが成り立ちはむしろ装飾物を見立てた象形で「舞」の原字であるとされます。)
尚、いわゆる「魚偏」は「魚」という形をひとまとまりにしてそのように呼ぶのが普通になっています。熊が捕まえるシャケのように「鮭」といった形で使用して、火の意味の部首の「れんが」とは一般的に区別されているのです。
「虎」の部首:「とらかんむり」
では、縞模様が特徴的でアジアに住む虎(トラ)に関してはどうでしょうか。
実は虎の場合は「とらかんむり」または「とらがしら」と呼ばれる独自の部首を持つ漢字となっています。
「とらかんむり」を部首に持つ漢字としては、「虎」「虐(ギャク、しいたげる)」「虚(キョ、むなしい)」「虜(とりこ)」などがあります。(ただし「虚」に関しては土偏の字が元々で「くぼんだ丘」の意。)虎の字は、勇猛であるというイメージの他に「むごい」という意味合いもあったようです。
トラと読める時には「寅」もあります。この「寅」の字も動物のトラを表しますが、
どちらかというと動物よりも方角・時刻・暦の意味で使われるのが主とされます。
(ね・うし・とら・たつ・・・のトラは基本的に「寅」のほうの字。)
ちなみに「豹」はアフリカとインドから東アジア・東南アジアにかけて住む動物です。体長や体高は豹と虎とで似ていますが体重は倍以上違うとも言われています。
(豹が普通は100kgを超えないとされるのに対して虎は130~260kgとされる。)それが両者の漢字の作りに表れているのかどうかは謎です。
動物を表す漢字の分類を整理
以上の事から哺乳類を表す漢字を大まかに分類できそうです。
- 「犬に似る・毛むくじゃら」のイメージが獣偏(うち、一部は元々むじな偏)
- 獣の中で特に大型で強い熊や虎は特別扱いで、独自の部首を持つ
- その他の草食動物やネズミなどの動物群に獣偏はつけない
- 鯨などの、昔は哺乳類とは考えられなかったものも同様
また、この事を部首の違いによって下表にまとめました。
部首等による分類 | 動物 |
けものへん(獣偏) | 狗(狗)・狐・狼・猿・獅子 |
似た部首として むじな偏 | 猫・狸・猪・狢(むじな)については 現在「獣偏」だが「むじな偏」を部首とする字体もある。 他には、豹 |
れっか・とらかんむり | 熊(部首:れっか)・虎(部首:とらかんむり) |
牛偏・馬偏・羊偏 鹿・鼠など | 牛・馬・羊・鹿・豚・鼠・羚羊(かもしか) 驢馬(ろば)・駱駝(らくだ)・栗鼠(りす) |
哺乳類だと思われて いなかった類の動物 | 鯨、海豚(いるか)、蝙蝠(こうもり)など 【部首:さかな偏、水・さんずい、むし偏】 |
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