2023年現在、オーストラリアには野生のラクダが生息していて、
年によって変動はありますが2020年頃には推定で100万頭はいるのではないかと言われていました。
しかし実は元々はラクダはオーストラリアでは一切暮らしておらず、オーストラリアの地から見るといわゆる外来種なのです。さらには、現在のオーストラリアは野生のラクダによる獣害問題も抱えています。オーストラリアが「ラクダ大国」になったいきさつや具体的な獣害問題はどのようなものなのでしょうか。
オーストラリアに住むラクダの種類
オーストラリアに持ち込まれて野生化したラクダは、ヒトコブラクダという「背中のコブが1つだけ」のラクダで、元々アフリカのエチオピア・スーダン・ソマリア・その他北アフリカ地域からアラビア・トルコ・ペルシャ・インドにかけて生息し、また人にも飼われてきた種になります。
いわゆるラクダとしての別の種では「フタコブラクダ」がいて、こちらはモンゴル高原やゴビ砂漠のラクダです。フタコブラクダは、野生種に関してはほとんど見られなくなって絶滅危惧種となっています。
和名 | 英名 | 学名 |
ヒトコブラクダ (一瘤駱駝) | Dromedary/Arabian camel/One-bumped camel | Camelus drimedarius |
フタコブラクダ | Bactrian/Two-bumped camel | Camelus bactrianus |
ヒトコブラクダに関してはオーストラリアで大繁殖して獣害問題を起こしていて、フタコブラクダは野生では壊滅状態というのは奇妙な感じもしますが、一応それが現状という事になっています。
ラクダの背中の「コブ」は脂肪でできていると言われ、脂肪といっても役に立たない体の組織という事ではなくて乾燥の中で水分や栄養を補給するために使われているとされます。また、鼻の穴を閉じるのが得意で砂が入るのを防ぎ、足の蹄も砂地で歩くのに適した形になっている事が分かっています。
世界のヒトコブラクダのおおよその生息数は、20世紀末でオーストラリアのものを除いておおよそ1400万頭と言われていましたが、それ以降減少が見られ始めたともされてきました。
- スーダンのヒトコブラクダの生息数:280万頭(20世紀末、以下同様)
- ソマリア:200万頭
- エチオピア:90万頭
- インド:120万頭
- (2020年オーストラリア:およそ100万頭)
「ラクダ科」にまで対象を広げると南米に住むアルパカやビクーニャもラクダ科に含まれる動物となります。
大きな分類では、ラクダ科の動物はウシ・カバ・キリン・鹿・猪と同じ「偶蹄目」に含まれる草食動物です。偶蹄目に含まれない別系統の草食動物にはサイ・馬・バクや象がいます。
偶蹄目 | 奇蹄目 | 長鼻目(ゾウ目) |
ウシ・バッファロー 鹿・ムース キリン・オカピ プロングホーン カバ 豚・イノシシ ラクダ・アルパカ | サイ 馬 ロバ シマウマ バク | 象 |
オーストラリアの野生ラクダの生息場所と砂漠の地理
オーストラリアのラクダは、大陸の西部から中央部にかけて生息していて、過去の調査では特に中央部の砂漠付近に多く生息が確認されたとされています。
オーストラリアはタスマニアを含めて6州と複数の「準州(テリトリー)」に分けられており(※)、それらで言うとラクダはウェスタンオーストラリア・サウスオーストラリア・ノーザンテリトリーに特に多いようです。そこにはいくつかの大きな砂漠も含まれています。他にクイーンズランド南西部やニューサウスウェールズ北西部の一部にも出没するとされています。
※参考:ウィキペディア States and territories of Australia
名の知れている主なオーストラリアの砂漠の名前を挙げると次のようなものがあります。これらの砂漠は野生のラクダの生息地域に大体が重なっています。
- グレートサンディ砂漠(ウェスタンオーストラリア)
- リトルサンディ砂漠(ウェスタンオーストラリア)
- グレートビクトリア砂漠(ウェスタンオーストラリア~サウスオーストラリア)
- ギブソン砂漠(ウェスタンオーストラリア~ノーザンテリトリー)
- タナミ砂漠(ノーザンテリトリー)
- シンプソン砂漠(ノーザンテリトリー~サウスオーストラリア)
- サウスオーストラリアの砂漠群(スタート【Sturt】砂漠など)
砂漠と言うと確かにラクダに合っているのかなというイメージです。
オーストラリアの地理についてざっと見てみると大陸の中央からかなり広い範囲で気候的に乾燥気候であり、その中でも特に雨量の少ない砂漠気候が大きな割合を占めていると言われます。
他方で植生の分布を見てみると、本当に岩と土と砂の「植物がほとんどない砂漠地帯」の割合は意外と少なくなって、サバナ(サバンナ)のようにまばらに草や低木、乾燥に強い樹木などが生えている土地も多いと言われているのです。そして実際、オーストラリアの砂漠地帯の風景を見ると意外に植物が生えている光景が広がっている事も少なからずあります。
ラクダが乾燥に強く、砂漠の土地に適応した動物である事はもちろんなのですが、食べ物となる植物も砂漠気候である割には意外と多く生えているという事もラクダの生育に大きく関係していると思われます。オーストラリアのラクダはどっちかというと草よりも低木の葉などを好むとも言われます。
またオーストラリアの砂漠地帯にはいくつもの湖が点在していますが、それらのうちで大きな湖は大体が塩湖であるという特徴も見られます。(同じ特徴は北アメリカのネバダ~ユタにかけての砂漠でも見られます。)
塩湖と言っても実は湖の周囲には植物も生えていたり、一部の鳥などの動物が集まってきたりもするのですが、それでもやはり基本的には人や動物の飲み水には適さない事が多いと言えるでしょう。
比較的大きいオーストラリアの塩湖としてはサウスオーストラリアのエーア湖(Lake Eyre)や、つい最近までLake Disappointment(失望の湖)と呼ばれていて改称されたウェスタンオーストラリアのグレートサンディ砂漠南の「カムピュティンティル(Kumputintil)湖」などがあります。
では、乾燥気候の中で雨量も少ない中で動植物はどこから水を得ているのかと言うと、地下からの湧き水が所々にあると言われています。これは、現地の人も利用すると言われています。場所によっては動物が穴を掘ると水が出て、野生の馬などでは仲間同士で水の取り合いの喧嘩も起こる事もあるようです。そして、この「限られた水資源」もラクダに関する獣害問題に大きく関わっているとされます。
ラクダの具体的な分布は、Government of Western Australia が公式サイトで公表している2013年の調査結果によれば乾燥気候の地域のほとんど全域となっています。また、特に生息数が多いとされるのは大陸中央部で、グレートヴィクトリア砂漠・ギブソン砂漠・シンプソン砂漠の領域に重なる地域です。
前述の通りそれらの砂漠地帯やその周辺にも植物は意外に多く生えておりラクダが食べるものは十分存在するという事と、それでもやはり砂漠なので人の居住が少ない事はラクダの生息域に大きく影響していると推測できます。
またラクダの1日の移動距離は約70km近くと言われています。これは馬(野生)の場合の「1日50km」を上回るものであり、ラクダがオーストラリアの広範囲に生息する要因ともなっています。
ラクダの生息数は、本当に正確な数はオーストラリアでも把握しきれていないようなのですがおおまかな数でいうと次のような推移だと言われています。
- 1907年まで:約2万頭
- 2009年:80万頭
- 2013年:30万頭(駆除や干ばつによるとされる。)
- 2020年:100万頭(再び増加に転じた。)
ラクダが持ち込まれ、そして放置された経緯
イギリスから現在のオーストラリアへの最初の入植がされたのは1788年の事で、この時に連れて来た動物はラクダではなく馬であったとの事。
しかし内陸部の探検進めていくうちに、馬は砂漠のような乾燥した環境にそこまで強いわけではなく、水が無いと倒れてしまうという事で「だったらラクダを連れてきてはどうか」と考えられたようです。
最初にラクダが持ち込まれたのは1840年頃とされていて、インドや現在のパキスタンやアフガニスタンからラクダを船に乗せて連れて来たとされます。1840年~1907年にかけて約2万頭がオーストラリアに渡ったとされています。
この時に、ラクダの扱いはそんなに簡単ではないので扱い方を教える「アフガニスタン(Afghanisitan)」の人も一緒にやってきて指導にあたったとされます。それらの人達は通称で「Ghan」と当時呼ばれた事があるらしく、現在のオーストラリアの縦断鉄道路線の列車の名前「ザ・ガン(The Ghan)」の元になったようです。
そして実際に、ラクダは馬に代わって活躍したのです。電柱・送電線・鉄道を敷設していく作業においてラクダは大きな役割を果たしたとされます。
オーストラリアの鉄道路線は、ニューサウスウェールズの短い区間で1854年に初めて開通し、その後1878年からは大陸の中央を縦断する路線(現在のザ・ガン号の運行路線)が着手され1929年に完成しています。また、大陸南部を横断する路線の一部(カルグーリー~ポートオーガスタ)は1912年から1917年にかけて完成しています。
さてしかし大陸の縦断鉄道路線が作られている中で、ラクダの需要が次第に減り始めます。パイプラインを敷設して水を輸送する事で乾燥した場所にも馬を連れていけるようになり、オーストラリアでは1890年代から作られ始めたとされる自動車も(のちにトラックなども)1910年近くになると利用される事が増えました。
インド等からのラクダの輸入は1907年までとされているので、その時までには需要が大幅に減った事が伺えます。さらに、長距離の鉄道路線が完成するとさらにラクダの需要は減ってしまい、他の家畜との食料の競合の問題もあってますます需要が減る一方だったようです。
さらに当時はラクダの所有者には余分な税金がかかる制度があったともされていて、飼育自体にも当然費用や手間がかかるので所有者としては生活が苦しくなります。そこで「処分」をするくらいなら野に放とうと考えた人が多かったようなのです。
そして、放たれて野生のまま放置されたものが生き延びて数も増えたのが現在の「オーストラリアの砂漠に住むラクダ」なのです。
必ずしも「用済みになったので片っ端から捨てた」というわけでは無かったようなのですが、本来であれば相当な費用はかかったとしてもインド等に戻すべきだったのかもしれません。
ラクダによる獣害と打開策
野生で増えたラクダと牛などの家畜との間で食料となる草に関して競合が発生する問題もあったようですが、21世紀に入ってからオーストラリアで特に問題視されたのは「ラクダが水を奪いに人家や敷地に侵入する」事でした。特に干ばつの時期に発生する事があったようです。
前述のようにオーストラリアの砂漠地帯では湧き水もあり意外にも植生は多いのですが、水がそこまで豊富というわけではありません。散在する大きな湖は大抵は塩湖であるので基本的にはそれも使えないという事になります。そこで、ラクダは人が住む場所には水があると知っていて(あるいは偶然学習して)、民家に侵入したり農場の柵を破壊したりして敷地内の水を奪ったりする事が発生したのです。
農場の柵というのは、ラクダの侵入のための柵ではなくて放牧した家畜を囲ったり、あるいはディンゴなどの動物の侵入を防ぐために元々設けていた柵であってこれを破壊されると修復する手間や費用は結構なものになるそうです。
また、砂漠内に居住する人々が飲み水に使っていた湧き水をラクダが奪いに来たという事例もあったようです。ラクダが口をつけるので人が飲むものとしては汚れてしまうという問題もあります。
ラクダは乾燥に強い動物ですが、「飲むときには大量に飲む」とも言われています。ラクダが野に放たれた当初は予想も付かなかった事とは思われますが「水」を求めて多くの獣害をもたらすようになったのです。
そこでオーストラリアではハンターによるラクダの「駆除」が行われるようになったほか、人が自ら連れ込んで邪魔になったから駆除するとはあまり良くないと考える人々もいて、「捕獲して家畜に戻す」という事も一部で行われるようになりました。
ラクダからはアフリカやアジア等でそうであるように、ミルクが採れます。野生のラクダは気性が荒い事もあるが、農場で適切に育てればかなり大人しくなる例も多く見られます。観光では一部、ラクダ(もちろん飼育しているもの)に乗れるという事もあるようです。
また、アジア等で現在でもラクダを家畜として使用する場所に捕獲して飼いならしたラクダを「輸出」する事もあると言います。オーストラリアのラクダは体が丈夫で喜ばれるという評判もあるとか。
それらの対策が功を奏したのかは分かりませんが、2023年現在では依然としてラクダはオーストラリアの砂漠に存在するものの、ラクダによる大きな被害の報道はそれほど多くは見られないようです。ラクダによる獣害は果たして収まりを見せているのでしょうか。
オーストラリアの色々な外来動物と獣害問題
オーストラリアでは、外来生物による獣害問題というのは実はラクダに限った話ではありません。前述のようにイギリスからの最初の入植で馬が連れ込まれていて、それも一部が野生化しており、オーストラリアの公機関の調査・公表によると約40万頭に増えていると言います。
また、日本では聞き慣れないかもしれませんがオーストラリアでは「野生化した猫」も存在します。野犬ならぬ「野猫」というわけで、これもまたネズミの駆除などのために連れ込まれたものが野生化したとされています。
同様のパターンは多く見られて、大抵は生態系を乱したり何らかの獣害問題を起こしたりしているようです。ラクダ以外のもののうち、主な動物を挙げると次のようなものです。
- 馬(イギリスからの最初の入植時などに移入。野生化)
- ロバ(1866年に初めて移入され、野生化。ラクダ以上に増えているとも)
- ヤギ(馬と同じくイギリスからの最初の入植時などに移入、野生化)
- ブタ(同じくイギリスからの最初の入植時などに移入、野生化)
- 猫(ネズミ等の駆除のために移入したものが野生化)
- 犬(元々飼育していたものが野犬化。「ディンゴ」とは別扱いだが、ディンゴとの雑種も存在すると言われる。)
- うさぎ(一部の人が「狩猟用」にするために持ち込んだとされ、野生化)
- 狐(うさぎと同じく「狩猟用」にアカギツネを持ち込み放った人がいて、オーストラリアでも増えた)
尚「元々オーストラリアにいなかった動物」の中でイヌ科の動物の「ディンゴ(dingo)」に関してはイギリスからの入植以前にも存在して、かなり古い時代に別地域から人の手によってオーストラリアに移入されたという説が有力視されています。ただし、上述のようにそれとは別途に入植者由来の「野犬」も存在します。
オーストラリアに関しては外来生物とその獣害が非常に多い印象も受けるかもしれませんが、日本でも元々いなかったアライグマが全国に広がっているという例などがあるので注意したいところです。また、放置された農場の豚が脱走して野生化し、大きな群を作るようになってしまった事例は日本にも存在します。