「自然環境問題」タグアーカイブ

ビーバーのダムと生態系エンジニア【自然破壊に該当?獣害問題は存在する?】

ビーバーは川にダムを作る事で知られている動物です。川にダムがつくられると水の流れがせき止められて、小さな「ダム湖」ができます。そのように元々の自然環境を改変する生物の事を生物学では生態系エンジニア(英:ecosystem engineer)と呼ぶ事があります。生物学的には、ヒトも生態系エンジニアに含めます。

この記事ではビーバーの動物的特徴を踏まえたうえで、以下の点に特に注目します。

  • ビーバーはダムを作るというが、それはどのような規模の「ダム」なのか?
  • ビーバーがダムを作る事は、ヒトが作る大規模ダムのように自然破壊の要素を持つのか?
  • ダムの影響も含めて、ビーバーによるヒトに対する獣害問題は存在するのか?

★目次

ビーバーとはどのような生き物なのか

  1. 生息場所
  2. 動物学的な分類と特徴
  3. ビーバーの見た目の特徴
  4. ビーバーを飼育している日本の動物園
  5. 「ビーバー(beaver)」という名前の語源は?
  6. イギリスのビーバーについて

ビーバーの「ダム」

  1. そもそもダムとは何か
  2. ビーバーのダム作り
  3. ビーバーがダムを作る理由とビーバーの「巣」
  4. ビーバーのダムの「規模」
  5. ビーバーの「池」の深さ

ビーバーのダム建設による自然への影響は?

  1. 生態系エンジニアとしてのビーバーの評価
  2. ビーバーのダムと農村の「里山」の類似点

ビーバーによる獣害問題

  1. ヒトにとってビーバーは悪になり得るのか
  2. ビーバーがヒトを襲った事件
  3. 人の所有地などにビーバーがダムを作ってしまう場合

★当記事コンテンツのクレジットは以下の通りです。

  • 本文・イラスト・図・動画企画編集:当サイトオリジナル
  • 写真: pixabay.com 素材を利用規約に従って使用
  • 動画ナレーションボイス:小日向 南(こひなたみなみ)様に依頼
  • 参考文献:The Encyclopedia of Mammals (他に、出典・参考サイト等は記事内に随時記載)

ビーバーとはどのような生き物なのか

図鑑などを参考に描いたビーバーのイラスト図。背中がずんぐりとした胴体で耳は小さく、尻尾には毛が生えておらずウロコのような表面になっている。後ろの足の指と指の間には「水かき」として機能する膜がある。水泳が得意だが陸上での動きは苦手で遅い。半水棲である事も含めてラッコやカワウソ(イタチ科)に一見似るが、食肉目の動物ではなく、むしろネズミ・リス・ウサギの仲間である「げっ歯目」系統の動物。

生息場所

ビーバーは北アメリカやヨーロッパ~中央アジア北部に生息する動物です。特に北アメリカに住むものが有名かもしれませんが、ヨーロッパや中央アジアの北部にも生息しています。アメリカ大陸のビーバーとヨーロッパのビーバーは別種であると考える学者も一部いますが、どちらも「ダム」を作る習性があります。

ただしヨーロッパやアジアには北アメリカの種(いわゆるアメリカビーバー)が過去に持ち込まれており、元々のヨーロッパ系のビーバーの生息域は現在ではかなり限られています。【フランスやドイツの一部・スカンジナビア半島・ロシア中央部の一部などに今でもいると言われています。】

ビーバーの一部は中国の北西部でも見られるとも言われますが、基本的には東アジアには野生種は生息しておらず、日本にも野生のビーバーは住んでいません。(※アライグマのように動物園等から脱走して野生化し、数を増やすという可能性も今後全くあり得ないわけではありませんが・・・。)

北アメリカでのビーバーの分布は非常に広く、アラスカやカナダのかなり多くの地域から始まり、フロリダ北部やメキシコの北部近くまで広く分布していると言われます。従って、ビーバーは寒暖の気候に対してはかなり強い適応性を持っている事が示唆されます。

ヨーロッパ・アジアにはアメリカビーバーが持ち込まれています。また、現在のイギリスでの野生のビーバーは21世紀に入ってからヒトによって放たれたものです。

しかし「川にダムを作る」という習性からも伺えるように水辺を好む生き物であり、水辺が少ない砂漠や山岳地帯では基本的に見られないと考えられます。つまり、生息する分布が東西南北にかなり広いといっても基本的には森林や湿地帯などが主な生息場所だと考えられます。

【※北アメリカ大陸の西部に限定して住む「ヤマビーバー(mountain beaver)」という動物も存在しますが、これは一般的にはダムを作るビーバーとは別種とされています。習性的にも、ダムを作らず地下にトンネルを掘って暮らします。後述するようにダムを作るビーバーの体が割と大きいのに対して、マウンテンビーバーは体のサイズもかなり小型です。】

ビーバーは毛皮取得などの目的で特に20世紀に乱獲され数がかなり減ったと言われていますが、それでもなお多くの数と広い生息域が確認されており、全体としては絶滅危惧種に相当するような動物ではありません。

ただし地域によってはヒトによる狩猟が原因でビーバーが姿を消した場所も存在し(例えば英国)、ヨーロッパ/ユーラシア大陸由来の種のビーバーはアメリカ大陸由来の種と比較すると大きなダメージを受けています。

動物学的な分類と特徴

ビーバーはネズミやリスと同じ系統の哺乳類です。「げっし目【モク】」(齧歯目)に属します。(ウサギはまた別系統。)

ビーバーは淡水の池に巣を作り、水中での泳ぎが得意で、見た目の印象も何となくラッコやカワウソを連想するかもしれませんが、ラッコやカワウソは食肉目イタチ科の動物です。

  • ビーバー:げっし目ビーバー科の動物
  • ネズミ:げっし目の多数の科の動物
  • リス:げっし目リス科の動物
  • カワウソ:食肉目イタチ科の動物
  • ラッコ:食肉目イタチ科の動物

参考までに「ヤマビーバー」は、ビーバーと同じくげっし目の動物で「科」のレベルで「ヤマビーバー科」として区別されています。

食生活面から見ても、ラッコは貝や甲殻類、カワウソは魚などを食べますが、ビーバーは基本的には草食性で草や木の皮などを食べるのです。そのためビーバーは獲物を仕留めたり肉を食べたりするための「牙」を持ちませんが、木をかじって削れるほどの強力で鋭い「前歯」を持っています。

ビーバーが食べるものは植物ですが、季節によって多少の変化があるとも言われています。

  • 春~夏:草、藻【も】、シダ、木の葉をよく食べるとされる
  • 秋以降:木の皮などが加わる(冬季では冷水にそれを保存しておく事も)

この後での説明にもあるように、ビーバーはげっし歯目の動物の中で見ると大型の動物です。尚、げっし歯目で一番大きい動物はカピバラです。そしてビーバーは、げっし歯目の中で二番目に大きい動物になります。

上記でも触れましたように、ビーバーは主に近代以後のヒトによる自然破壊的な大規模狩猟で数を減らしながらも全体としては絶滅危惧種になる事なく、粘り強く現在でも数や生息域を維持しています。その事はビーバーが「ネズミ」と同系統の動物である事を考えると何となく納得が行きやすいのかもしれません。

ただしビーバーは繁殖能力が特別に高い動物ではなく、一年の中の限られた時期に限られた数の子供を産みます。アメリカのビーバーはおおよそ1~8匹/年、ヨーロッパ由来のビーバーは1~5匹/年と言われます。

また、野生のビーバーの寿命は大体10~15年と言われています。

アメリカのビーバーとヨーロッパ/ユーラシアのビーバーは、議論はあるものの、一般的には同一の「ビーバー科」に属すると考えられています。

  • アメリカビーバー(North American beaver):ビーバー科・学名Castor canadensis
  • ヨーロッパビーバー(European beaver):ビーバー科・学名 Castor fiber
  • 【参考】ヤマビーバー(Mountain beaver):ヤマビーバー科・学名 Aplodontia rufa

ビーバーの見た目の特徴

大きさ

ビーバーは日本では基本的に撮影されたものや動物園・水族館でしか見る機会がない動物ですが、もし実際に野生のものに突然目の前で出会ったら「結構大きい」と感じる可能性は高いでしょう。

このビーバーが目の前に
いるとしたら、「大きさ」はどれくらい?

もちろん、ビーバーは熊や馬や鹿のように大きいわけではありません。しかし通常のネズミやリスと比べるとかなり大きい動物なのです。

動物が「四本足で立った時の足元から肩までの高さ」を、ここでは「体高」と呼ぶ事にします。ではビーバーの体高はどれくらいかと言うと、個体差はありますがおおよそ30~60cmの範囲です。

それって、他の動物で言えばどれくらいの大きさなのでしょう?その大きさは、身近な動物で言えばおおよそ柴犬などの「中型犬」程度であり、場合によってはシベリアンハスキーなどの「大型犬」近くにも達するものと言えます。

あるいは、ヒトで言うと身長160cmの人の足元から膝までの高さが大体40~45cmくらいかと思われるので、ビーバーの体高30~60cmというのは人によっては膝まで届く事もある高さという事になります。

また、体重は10~30kgが標準的であるとされます。この重さも、犬で言うと中型犬~大型犬の範囲であると言えます。

また、ビーバーの体長については、頭と胴体を含めた長さはおおよそ80~120cmです。尻尾のみの長さは25~50cmだと言われます。いずれも、通常のネズミやリスの大きさをはるかに超えています。

  • ビーバーの体高:30~60cm
  • ビーバーの体重:10~30kg
  • ビーバーの体長【頭と胴体】:80~120cm
  • ビーバーの尻尾のみの長さ:25~50cm(厚さは、平べったい)

そう考えると、ビーバーはネズミと同系統であるにしてはかなり大きい動物である事が分かります。大きさ的にはイヌに近いのです。

ただし犬と違うのは、ビーバーは陸上での動きは遅いという点です。なのでその大きさ・その体重でビーバーが犬のように陸上で速く走り回ったりする事は基本的にないと考えられます。(その点に関してもビーバーはネズミと異なっています。)ビーバーが得意なのは水泳なのです。

体高・体重・体長のいずれも、ビーバーでは雄雌の差はあまりないとされます。

参考までに、ビーバーとは別種の「ヤマビーバー」はビーバーと比べて小さな体で、一般的な小型犬よりも小さく「小動物」をイメージさせます。

動物体高(足元から肩まで)体重
ビーバー約30~60cm10~30kg
柴犬
(中型犬)
約40cm9~14kg
ウェルシュコーギー
(中型犬)
約30cm10~13kg
ミニチュアダックスフント
(小型犬)
約20~25cm5kg以下
シベリアンハスキー
(大型犬)
約50~60cm16~28kg
【雌雄差あり】
【参考】
ヤマ(山)ビーバー
約11~14cm2kg以下

【データは専門書・図鑑・一部のウェブサイトを参照。参照元によって数値のばらつきはあります。ただし大体の大きさでは一致しています。】

顔や体の特徴

ビーバーは耳が小さく、目に比較して鼻が少しだけ大きく、鼻の近くから髭が左右に伸びていて、それで「イタチ」の仲間に見た目は似ていると言えば似ていると言えるかもしれません。特に水面から顔を出して泳いでいる姿はラッコそっくりに見えるかもしれません。

しかしビーバーは草食性で、牙状の歯は持っていません。ただし少しばかり長い前歯は非常に鋭く強力です。獲物を狩るわけではありませんが、樹木の幹を削る事などに使われるのです。その事はビーバーのダム作りと大いに関わっています。

胴体は一般的には背中がずんぐり・むっくりしていて大きく、ほっそりしている感じではありません。茶色の毛で覆われていて、主に毛皮目的で過去にヒトによる乱獲が行われました。

そして、尻尾が実は特徴的です。頭部や体部分と違って毛が生えておらず、皮膚が「ウロコ」のような構造で覆われています。また、ビーバーの尻尾の形は平べったく、水中での動きに活用されていると言われています。

体の大きさに比較して前後の足は小さめですが、後ろ足の指と指の間には「水かき」状の膜があります。つまり両生類のカエルの後ろ足のような形状になっているという事です。アシカなどのようにほぼヒレ状になっているわけではありませんが、ビーバーの足、特に後ろ足は尻尾と同じく水中での水泳に活用されるのです。

他方でビーバーは陸上での動きは得意でなく、陸にあがった時の動きはかなり遅いと言われています。その事は陸上で俊敏に動き回るネズミとはかなり異なるイメージになりそうです。

ビーバーを飼育している日本の動物園

ビーバーは動物園で飼われている事もあります。行けば実際に姿形を見れる他、動物園ホームページで写真が掲載されている事もあります。

ただし「東京動物園協会」によれば、ビーバーは「都立動物園では飼育していません」との事です。上野動物園や多摩動物公園にはいない事が示唆されてます。(ホームページで写真は見れます。)

他方で、関東で言えば宇都宮市・千葉市などの動物園ではアメリカビーバーを飼育しているようです。山梨県の甲府市の動物園でもアメリカビーバーが飼育されています。関西では和歌山県や神戸市の動物園、北海道では釧路の動物園にビーバーがいます。

他に、ビーバーは動物園ではなく水族館で飼育されているというパターンもあるようです。新潟市の水族館にはビーバーがいるとの事です。

「日本動物園水族館協会」のホームページでは、アメリカビーバーを飼育している動物園や水族館を検索できます。

【出典および参考:■東京動物園協会ホームページ www.tokyo-zoo.net ■日本動物園水族館協会ホームページ www.jaza.jp ★当記事のここでの項目の情報は2024年8月現在のものです。また、実際に目的の動物を見れるかどうかは各動物園や水族館にお問い合わせください。】

「ビーバー(beaver)」という名前の語源は?

日本語で言う「ビーバー」という呼び名は、英語の beaver からそのまま取ってきています。では英語で言う beaver とは何を元にしているのかというと、実は語源については通説は存在するけれどもあまり明確ではないようです。

ビーバーというと北アメリカ、特に合衆国やカナダに生息するイメージが強いかと思いますが、先述のようにビーバーはヨーロッパでも昔から生息してきた動物です。

そして beaver という言葉は、実は合衆国が成立する以前から英語として存在するものだと言われています。

「beaver」というそのままの形ではないですが、元々英国(イギリス、イングランド)では beaver の元になっているとされる語が10世紀頃から存在していたと言われています。そしてその時代にはイングランドにもビーバーが存在していたとされます。【のちに絶滅、後述のように21世紀になって復活。】

つまり beaver という語自体はヨーロッパで発生したものであり、アメリカ大陸の先住民の人々の呼び名による由来ではないわけです。【アメリカ大陸先住民の言語は多種多様で、ビーバーの事も大陸の各地域の言語によって様々な呼び名があります。】

beaver という語は beofor, befer などと古英語では書かれ、のちに bever と書かれるようになり現在の beaver になったと言われます。通説ではbrown【茶色】および bear【熊】 と起源を同じくする bher という語に由来するのではないかと考えられているようです。その起源となっている語は種々の使い方がある中で「茶色」の意味で使われる事もあったとされています。

この語源説はつまり、「ビーバーとは、毛の色からそのように呼ばれるようになったのではないか?」・・・と推測するものと言えます。ただし、厳密には「はっきりとは分かっていない」というのが実情かもしれません。見た目が茶色の動物というのは他にもたくさんいるからです。

日本語的に見るといかにも特徴的な意味がありそうな名前のようで、実際には名前の由来はあまり明確ではないというのは少し意外でしょうか。

尚、英語以外の現代のヨーロッパ言語だとビーバーの呼び名はフランス語・スペイン語(いずれもラテン語系の言語)では castor 、ドイツ語では Biber 、オランダ語では bever です。厳密には語源は不明確だとしても、「ビーバー」と呼び名はゲルマン系の古い語がルーツであると強く推測されます。【動物の「学名」はラテン語でつける習慣になっているので、ビーバーの場合はフランス語などでの呼び名 castor がそのまま学名に反映されています。】

【出典・参考:■The American Heritage College Dictionary ■ウェブサイト etymonline.com】

イギリスのビーバーについて

ヨーロッパの大陸だけでなくイングランド・ウェールズ・スコットランドが存在する大ブリテン島(グレートブリテン島)にもビーバーが昔は生息していたと言われます。しかしおそらく狩猟が原因で14世紀頃にはイングランド・ウェールズではビーバーは見られなくなり、16世紀頃には島全体で絶滅してしまったとされます。(つまり大ブリテン島に関してはビーバーの野生種が壊滅したのは「近代以前」です。)

ただし、21世紀になってから非公式で誰かが放ったとされるものが野生化したのを発端に、現在では大ブリテン島には野生のビーバーが数少ないながらも復活しているとされています。

それを問題視する人もいる一方で、英国政府としては保護して行く方針のようです。

尚、この英国で野生化が復活したビーバーはアメリカ大陸の種ではなく、ヨーロッパ由来の種のビーバーであるとされています。

【出典・参考:■nbcnews.com ウェブ記事:Hunted to extinction, England’s first wild beavers in 400 years allowed to stay ■ウェブサイト Rewilding Britain:www.rewildingbritain.org.uk/why-rewild/reintroductions-key-species/key-species/eurasian-beaver】

ビーバーの「ダム」

そもそもダムとは何か

ダムというと、水力発電所などを作るために川に形成される大規模なコンクリートの壁の事を指して「ダム湖」を作るというイメージが一般的でしょうか。

ビーバーが作るダムはコンクリートでは作られませんが、「川の水をせき止めて上流側に池や湖を作る」という意味ではヒトが作るダムと似たイメージになります。

この時に、ダムは壁の下流側の水を完全に枯らしてしまうわけではなく、下流側の河川も水の流れが継続します。ヒトが作るダムの場合は上流側のダム湖に「水を貯めておく」事が主な目的になります。水力発電所の場合は、その貯め込んだ水を流して、その流れと圧力を利用して発電機を稼働させます。

ビーバーの場合は、もちろん電力目的でダムを作るわけではありません。目的は別に存在します。

合衆国のアリゾナ州にある「フーバーダム」
人工ダムにもいくつかの種類があって、コンクリート壁の上流側を傾斜させるものとそうでないものがあります。

尚、紛らわしいようですが「Beaver Dam」という名称の町や、「Beaver Dam River」「Beaver Dam Lake」という川と湖が合衆国のウィスコンシン州に存在します。いずれも、ビーバーのダムにちなんで名付けられとされています。【出典:ウィキペディア Beaver Dam, Wisconsin

ビーバーのダム作り

ビーバーのダムは木の枝・泥・比較的小さな石などで作られます。

底のほうには石が幾らか転がされて、大き目の木の枝が骨組みというかメインの壁となって、中の泥や小さめの枝を支えるようになっていて、水をせき止めます。

ビーバーのダムは人工ダムと同じく水の流れを完全に止めてしまうわけではなく、ダムの「下流側」では量を減らしながらも水は流れ続けるのが一般的です。

ビーバーが作った「ダム」のイメージ

ビーバーは、まず最初は川の底に石や木の枝などを貯めて積み上げて行きます。そして、泥や枝を積み上げていく作業を続けて次第に水の流れを大きく抑制する高さの「ダム」に仕立てあげます。この時に泥を掘る作業も含めて、比較的小さな前足が使われます。(後ろ足は主に水泳に活用されます。)

木の枝や木の一部は強力な前歯によって木から削り取られて水中まで運ばれてきたりします。場合によっては木の幹が削られて細くなった結果、倒される事もあるとされます。

春と秋に特にダム作りが活発になると言われますが、年間を通してダム作りや補強が行われる場合もあるようです。個体差はあるでしょうが、一般的にはできるだけダムを高く・長くしようとする習性があるようです。

ビーバーは夜行性で、日が沈む頃に起きて活動を始め、日が昇ってくる頃に眠ると言われます。従って、ダム作りも多くの場合は夜中に行われていると考えられます。

ビーバーがダムを作る理由とビーバーの「巣」

ビーバーのダムが出来上がると、「池」が出来上がります。ヒトが作るダムで言えば水が貯められている「ダム湖」です。ビーバーは、作り上げた池に巣を作り、その池で生活するようになります。ビーバーの巣(英:lodge とか house とか呼ばれる)もまた、ダムと同じ材料で作られます。外側の見た目は、何だか川辺のゴミが土と一緒に集められて山積みにされたようなイメージでしょうか。

ビーバーの巣は主に池の岸辺近くにあり、外観は水中から盛り上がった木の枝と泥の山のような見た目です。

ビーバーの巣の入り口と通路は、必ず水中に作られます。そして、池水面の高さまでは水がありますが、そこからは空気がある空間ができるのでそこで子育てをしたりします。

そのようなビーバーの生活スタイルは、外敵から身を守る事に役立っていると言われます。(逆に、もしワニなどの水中で活動する外敵がいる環境ではそのメリットは成立しないと考えられます。)

また、ダムによって水の流れをせき止めるので上流側の水域が広がり、水泳が得意で陸上での動きは苦手なビーバーにとっては「移動がしやすくなり行動範囲が広がる」というメリットがあるとも指摘がされています。

ところで、冬季などにおいては水は流れがあるほど凍結しにくく、流れがあまりない場所ほど凍結しやすくなります。ビーバーがダムによって作る池も、冬季には水面が凍る事があります。この時にビーバ-は冬眠するわけではなく活動を続けますが、秋のうちに食料となる植物の枝や茎を巣の近くに水中に貯めておき、冬季に食べるという事があります。(冬季の水中の温度は低いので貯めた食料は腐りにくいようです。)つまり冬季にはビーバーは凍った水面の外に出る事なく、巣と水中への出入りだけでエサを食べれるわけです。そのような事は、ビーバーの生息域の中でも特に北部の地域でよく見られるようです。

ビーバーの池・ダム・巣のイメージ
冬季には地域によっては「池」の水面に氷が張る事もあり、池の底の冷水は食料となる木の皮などを保存する場所にもなります。

ビーバーのダムの「規模」

さて、そのようなビーバーによって作られたダムはどの程度の規模の大きさなのでしょうか。調査によると、大体の場合はビーバーのダムの高さは川底から2~3mの範囲で、ダムの長さ(つまり川をせき止める場所の川幅)に関しては数mくらいのものもあれば、100mにまでも達する場合があると言われます。

川幅が100mと言うと、確かにそれなりの長さを感じさせますが実際の河川で言うとどれくらいのイメージでしょうか。

東京都内の隅田川の浅草吾妻橋付近(地下鉄浅草駅の近く)の川幅が大体115m、関西の淀川に繋がる宇治川の幅が宇治市内で大体50m~100m前後なので、ビーバーのダムが幅に関してはそれなりの長さを持ち得る事が分かります。

他方で、同じ東京都内の荒川の平均川幅は約150mです。また、関東でも関西でも海に近い下流域になると300~600mの川幅の河川もあり、合衆国のミシシッピ川などは下流でなくても500m近い川幅の流域もあります。

  • ビーバーのダムの長さ:普通は数m~100m
  • 隅田川(東京都)の浅草付近の川幅:約115m
  • 宇治川(京都府)の川幅:市内で大体50m~100m
  • 淀川(大阪府)の川幅:100m~600mくらい(下流域ほど広い)
  • ミシシッピ川(合衆国)の某場所での川幅:500mくらい

【参考資料:国土交通省や各自治体の資料、および地図上での測定】

そう見ていくと、規模の大きい河川をビーバーがダムによってせき止めるような事は、川幅の観点からは不可能でない場合も考えられるとしても、基本的にはかなり難しいという事が分かります。

極端な例では、ビーバーのダムで数百メートルに達するものも発見されていると言う学者もいます。

しかし、川の幅だけでなく川の深さも考える必要があるでしょう。

ビーバーのダムの高さは、高くても3m程度です。東京の隅田川の水深は場所によっても異なりますがおおよそ4~6mくらいの範囲だとされています。つまり3mのダムでは高さが足りません。

ビーバーが最大限の力を出せばどれだけ巨大なダムを作れるかは不明ですが、ビーバー側からしても川が深い・流れが速いなどの理由でダムを作るのが大変な場所をわざわざ好んで選んでダムを作りたいとは思わないでしょう。ビーバーとしては安定して住める「巣」を作りたいのです。

そのため、ビーバーがダムと巣を作る川というのは基本的には浅くて川幅もなるべく狭いような「小川」が中心であると考えられます。ヒトによる水力発電所建設のように「巨大なダム」を作る事はないわけです。

ビーバーの「池」の深さ

ビーバーがダムによって形成し、巣を作る場所となる「池」(ダム湖に相当)の深さはどれ程なのでしょうか。

調査によれば、ビーバーが作った池の深さは大体が1m以下で、深くても3m程度だと言われています。

また、ビーバーは巣の中で水の無い空間を作って居住部屋とするわけですが、入口と通路を水中に作る事から、「池」の水面高さまで水は上がってきます。従って、ビーバーの巣は水面よりも高い位置まで盛り上がっていないといけないわけです。仮に池の深さが3mだったら、巣は池の底から3mよりも高く作る必要があります。

この事からも、ビーバーが水をせき止めてダムを作る川というのは比較的浅い川である事が伺えます。仮に能力を最大限に発揮して深い河川にダムを作ったとしても、今度は上流側の「池」に巣を作るのが大変になってしまいます。

ビーバーのダム建設による自然への影響は?

生態系エンジニアとしてのビーバーの評価

ビーバーのダムはヒトのダムと比べれば小規模です。

しかし川の水をせき止めて水の流れを変えてしまうわけですから、元々のその場所の自然環境を変えてしまう事は間違いありません。

それは「自然破壊」と言えるのか、あるいはそのように呼ぶべきものでしょうか?

生物学者の一般的な見解では、ビーバーは「生態系エンジニア」として確かに元々のその場所の環境を改変してしまうけれども、それによってビーバーだけでなく他の生物(主に水棲生物)も池の中で外敵から身を守りやすくなるという「良い影響」のほうを重視しているようです。

つまり、環境は改変されるけれども、改変後の環境はそれはそれで新しく安定した生態系をその場に作り上げるという感じでしょうか。

また、ビーバーのダムによって多くの水がせき止められ下流側の水が減るので、川の下流側で洪水や氾濫が起きにくくなるという主張も存在するようです。ただし、先述のように大規模な河川にビーバーがダムを作る事は滅多にないとも考えられます。そのため、人の町に大規模な被害をもたらす規模の洪水を防ぐ効果がビーバーのダムに本当にあるのかどうかの真意は不鮮明です。

ビーバーのダムと農村の「里山」の類似点

ビーバーの環境改変に対するポジティブな見方は、日本列島で言えば旧来の農村の「里山」に対する多くの生物学者による評価に似ていると言えます。

「里山」とは農村で水田・畑およびため池・用水路などが作られ、周囲の山林で定期的に樹木の伐採・下草刈り・落ち葉かきがなされて形成された環境を指します。【周囲の山林だけを里山と呼び、農村部分は「里地」と呼ぶ事にして区別する場合もあります。】

その独特の環境下で暮らしやすい生き物がそこに定着するようになり、多様で安定した生態系が維持される事になります。

それはもちろん元々の自然をヒトが改変しているわけですが、それによってヒト以外の動植物もその環境下で新たに安定した生態系を作り上げています。そのような一種の安定した「共存」が成立してきたというポジティブな側面が里山にはある、という事が学者からは強調されています。

【※ただし、現在では水路がコンクリート壁で固められたりする事により、多くの農村で従来の安定した環境としての「里山」が破壊されているという指摘もなされています。】

ビーバーのダム作りも、農村の里山のように考えると一方的な「自然破壊」ではないと考える事ができそうです。ビーバーが川に住むようになってダムと池を作ると、それはそれで新たに定着する水棲の生物などが増え、安定した自然環境と生態系が作られるためです。

ビーバーによる獣害問題

ヒトにとってビーバーは悪になり得るのか

では、ビーバーによるヒトに対する獣害問題は、ダム作りの事も含めて存在するのでしょうか。

結論を言うと「現時点で社会全体から見て大問題という程度のものではないが、存在しないかというと一応存在する」というのが実情のようです。

1つ目は、どんな野生動物にもあり得る事ですがヒトと動物が接触してヒトが攻撃されるパターンです。

2つ目は、ビーバーのダムが関係します。ビーバーが新たにダムを作る事によって周辺の水域に変化が生じる事で特定の人の土地などに害を与える事がある、というパターンです。

ビーバーがヒトを襲った事件

合衆国では、稀にですが湖などで人がレジャーで水泳・遊泳中にビーバーに遭遇して「噛まれる」事件が起きています。

2023年度の事ですが、ある湖で少女がビーバーに噛まれたという事件を合衆国のメディアが報じました。

先述の通りビーバーは中型犬程度の体の大きさを持っていて、肉食性ではないけれども樹木を削る強力な前歯を持っています。従って、もしビーバーに本気で噛まれたとしたら、それは「ほんのちょっとだけ痛かった」では済まない事が容易に推測されます。ただし噛まれた少女が大怪我をしたという事は報じられていません。(それ以上に、父親がそのビーバーを叩き殺した事が見出しに・・・。)

当該事件のビーバーの体重は推定すると大体22~25kgの範囲だったとされています。(体重50ポンドか55ポンドくらいと推測される、と報じられている。)だとすると、ビーバーの中でも大きめの個体であった事が分かります。

【※「水泳中に襲われて噛まれた」という事にも少し注意が払われるべきで、先述の通りビーバーは陸上での動きは遅く・鈍い動物なので陸上で人がビーバーに追い回されるという事はかなり起きにくい事だと考えられます。少女を噛んだビーバーは水中にいたか、岸のすぐ傍にいたと思われます。】

その後、その少女を噛んだビーバーは狂犬病ウィルスを保有していた事が判明しました。それで、報道ではむしろその事のほうが問題視されたようです。

しかしビーバーが人を襲う事自体が稀です。2023年に少女が噛まれた件での湖では10年以上に渡ってそんな事は起きなかったとされています。言い換えると10数年前には同種の事件が少なくとも1度以上あったという事ですが・・・。

また、そのビーバーが「狂犬病にかかっていたので」正常の思考状態ではなく、頭がおかしくなっていて少女に嚙みついたとも考えられる、との事です。

事件が起きた湖は合衆国東部のジョージア州のラニアー湖(Lake Lanier)です。州都アトランタから北東50kmくらいの場所にあり、観光地としても知られています。偶然ですが、その湖は人によるダム建設で形作られた「ダム湖」だそうです。ラニアー湖は全体としては結構入り組んだ複雑な形状の湖であり、周囲から細かく枝分かれするように小さな湖や河川的な水域がある事が地図からは見てとれます。場所によっては湖岸近くの小川や湿地帯に「ビーバーのダム」もあったのかもしれません。

【事件概要の出典:cbsnews.com 2023年7月13日のウェブ記事:50-pound rabid beaver attacks girl swimming in Georgia lake

ビーバーの事件があったラニアー湖(Lake Lanier)は、複雑な形状のヒト由来の「ダム湖」です。

人の所有地などにビーバーがダムを作ってしまう場合

上記のビーバーがヒトを襲ってしまうというケースは頻度としてはかなり稀である事に加え、どっちかというと人のほうがビーバーの生息場所に立ち入って不運にも衝突してしまったという状況に近いと言えます。

それに対して、人が所有している土地(主に農地や山林)にビーバーが住み着いてダムを作り、問題を起こすケースも存在するようです。あるいは、ビーバーのダムは下流側の水の流量や上流側の水域を変化させてしまうので、誰かの所有地に直接ダムが作られていなくても近隣の所有地に影響を及ぼす可能性があります。

それが誰か人にとって迷惑行為以外の何物でもなかったり、損害を被るものであったとするとまさに獣害問題に該当するわけです。これも比較的少ないケースであるとは考えられますが、海外では実際に起きた事があるようです。

もちろんビーバー側から見ると、そこにダムを作ると損害を受ける人がいる場合がある、という事が分かりません。そこに近付くとヒトとの衝突が起こる、と動物側が学習すれば問題は回避できるのでしょうが、残念ながら必ずしもそうはなりません。

ビーバーのダム形成が獣害問題となる場合というのは、野生動物が食料を求めて農地を荒らしたり、ゴミを漁りに街中にやってくるパターンの獣害問題とは多少性質が異なるように思われます。なぜなら、後者の場合は動物側が「一応人がいると分かっている(と思われる)」中で人の居住地や農地に侵入してくるものだからです。しかしヒトと野生動物の利害が衝突するという構図としては、両者には類似性があります。

普通に小川が流れていた場所にビーバーがダムを作ると、多くの水がせき止められるので下流側の水の流量が減り、逆に上流側の「池」の水の量が多くなります。すると、例えば上流側で水が流れ込んで欲しくないと人が思っている場所が水に浸かってしまう、という事が発生する可能性が出てくるわけです。

そのような時、迷惑を被っている当事者からすると強行手段として川に出向いてビーバーのダムを破壊する事があるようです。手作業・農具などでダムを壊す事もあれば、重機を使って撤去するパターンもあるようです・・・。

【参考:youtube の「msTECH86」チャンネルさんはビーバーのダムを撤去する様子を撮影した動画を複数アップロードしています。ダムが撤去されると、上流側に貯まっていた水が下流側にドっと流れ出て行きます。】

ビーバーのダムによって元々の環境が改変される事は、「人がいない」環境下では新たに安定した生態系を作るものとして認識されるわけですが、逆にそこに人がいてしかも迷惑を被るとなると「獣害問題」となってしまうわけです。

そういった獣害問題が仮に今後拡大するような事があると、今度は「ビーバーを駆除する」事が正当化される事が容易に予想できます。ですが、ビーバーは絶滅危惧種に該当する動物ではありませんが近代以降にヒトによる乱獲があって数を減らしたという事実も忘れるべきではないでしょう。(英国の大ブリテン島などでは既に近代以前にビーバーは絶滅してしまったという事は上述した通りです。)かと言って、現に損害を受けた当事者の人に対して泣き寝入りしてガマンせよと言うわけにもいきません。

ビーバーのダムの撤去が正当なものと言えるのか、逆にヒトによる自然破壊になってしまうのかは、ヒトへの被害の状況にもよると考えられるので複雑な問題だと思われます。

解決策としてはヒトと野生動物の「住み分け」がきちんとなされる事かと思います。しかし動物とは直接話し合いができないところに、この種の問題の解決の難しさがあります。