第五章:幕間その三【雪降る白狐塚の谷】

「それで、おぬしらは親子という事でよいのだな?」と狸爺様は言った。
「え?―― いや、それは……」
「何ぃ!では、恋仲と申すか?その年の差で」
 声がでかい。子狐は慌てて「あの、それは」と言い、何とか相手を制そうとした。
「ははは。ではやはり親子なのだな……ところで、一体どの一族の狐なのかね?」
「時の狐だと聞いています」と言ったのは子狐ではなく女性だった。
 爺様は「ほう」と言い女性を見て、彼女と子狐を見比べるように交互に何度も見た。
「では、名門の出身であるな。ずいぶんと若さを保ち長生きする一族と聞くが?」
「彼のお母様は、ずっと昔から生きておられる妖狐だと聞いております」
 女性はさりげなく、その言葉によって子狐との仲は親子関係でない事を述べていた。爺様もそれに気付いたようだったが、敢えてその事については触れなかった。
 子狐達は宿の部屋にいた。子狐と女性の部屋に、爺様が遊びに来ていた。
「そうか。思わぬ所で珍しい妖狐に出会えたな……よおし。じゃあこっちもとっておきの狐の話をしてやろうか。子狐は知っているかな。決して眠らぬ朱と蒼の妖狐の話を」
「朱と蒼?」
「そう。元々白狐が住んでいた山に現われた二つの妖狐の系統で、どちらも怖い狐。朱の狐は辻斬りをする狐で、蒼の狐は非常に根深く恨みを持つ狐だという……」
 ――ああ。また怪談話かと子狐は思った。爺様は何でそんなものが好きなのか?
 もっとも、彼自身も妖狐の者でいわば当事者だから、何だか変な気持だった。別に妖狐とて幽霊ではない――と、彼は一応自分ではそう認識していた。
 女性は視線を少し落としながら黙して聞いていたが、ふと口を開いた。
「朱の妖狐については、私も少し詳しい話を聞いた事があります」
「ほう?あんたも知っておったか、ふうむ」
「ええ」
「それで、どういった詳しい話だね?ほほほ……」
「辻斬りを始めたのは、元々一匹の女の子の狐であると。日が暮れる頃、冬場での何かの祝いで集まろうとしていた人々の列の前に現われて襲い掛かり、片端から惨殺したと」
 子狐は耳を立て女性を見た。普段、悪い冗談を好んで言う人ではない。
「そこで彼女は幼子だけは見逃したけれども、いつか再び来ると警告し、その場を去ったそうです。そして浴びた返り血で全身真っ赤に染まったその姿から、彼女は朱の妖狐と呼ばれるようになったと……」
 子狐も爺様もしばらく沈黙していた。子狐の感覚では女性が言うと爺様の倍は怖かった。
「山の麓にある狐地蔵は、朱の妖狐を恐れた人々が置いたものであるそうです」
「ほ、ほう!あんたも物静かそうで、結構やるのう……ふうむ!これは中々……」
「いえ――ごめんね、子狐。怖がらせてしまった?」
 女性は子狐の耳を優しく撫でた。子狐は息をついた。狸爺様は少し固まっていたが、益々興味を持ったように前のめって女性の顔をじっと見つめた。
「ふむふむ……よぉし!他に何か、あんたが知る谷の話は無いかね?」
「聞きとうございますか?」

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