ある街道があった。そこで子狐と女性が旅を続けていた。女性は母狐のもとで働く女中だった。子狐は女性と親しくなってやがて恋仲となり、母狐もそれを容認した。
道に沿って進んで行くと二叉路の分かれ道があり、女性は片方を指差して「こっちの道に行くと白狐塚の谷ね」と言った。その名を子狐は過去にどこかで聞いた気がした。
指差された方の小道は密集した細い枯れ木の林の中にあり、狭苦しさを感じさせた。
女性は立ち止まり、懐から折り畳まれた地図を出して広げた。
「ほら、子狐。今いるのがここの街道よ。それで、こっちの山の反対側の所に何も書かれてない土地があるでしょう?ここが白狐塚の谷……」
細く白い指先で示された地図を見ると、確かに山岳中に裂け目のような一帯があり、そこには何の名もない。地図中の道は途中で途切れている。子狐は不審に思い、そして女性が言う地名は母狐から行くなといつか注意された場所だと急に思い出した。
「ここは、色々と悪い出来事があったと言われる場所なの」と女性は言った。
「そうなの?」と子狐は改めて小道を見つめて言った。そして女性に少し身を寄せた。
「そう。忌まわしく呪われた土地だと言われているのよ。だから地図にも名前が載っていない――でも私達が行くのはそっちの道じゃないわ。街があるのはこっち」
女性はそう言って地図を折り畳んで懐に入れ、反対側の道に向かって歩き始めた。子狐は跡を追った。そうして、二人は二叉路から離れて街道の旅を続けたのであった。
日も暮れる頃に二人は街に着き、温泉宿に入った。二人は露天の温泉に共に浸かった。
子狐が一息つき、女性の胸に寄りかかると、傍で愉快そうな笑い声がした。
「おうおう。おうおうおう。あんたら、親子かい」
白い湯気に隠れるように、密かに同じ湯船に入っていたのは狸の爺様だった。子狐は湯煙に紛れていた爺様に全く気付かなくて、慌てふためいた。
「これ、子狐。お前さんは、よく見るとそんなに小さい子でもないな?であるのに、あまりいつまでもお母さんに甘えるのは良くない。気持は分かるが。ひひひっ……」
子狐は見られていた事と、親子に間違われている事、温泉の熱さで三重に赤面した。
遙か遠くの空では降る雪が舞っていて、山脈の肌は一面白色で覆われていた。
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